16代金谷五良三郎(金谷五良三郎工房)

出来上がった製品を前に、普段のお仕事と今回の菓子楊枝についてお話をお伺いたしました。
[聞き手:金谷亘(京菓子司 金谷正廣)]

-普段のお仕事について簡単に教えていただけますか?
第16代金谷五良三郎:お茶道具の中の金物、水指・建水や灰さじ、香炉にやかん、蓋置に棗、銘々皿や干菓子盆等を制作しております。
他にも文化財の修復等。
最近では建築家の方とコラボしてドアの取手なども手掛けました。

-お茶道具の中で金物と聞くと”釜”がイメージされやすいですが、釜は作らないのですか?
私としましては、釜は釜師、その他の金物は金物師と考えています。とはいいましても、その境目は私にもわかりません。
釜師、金物師が双方制作するお道具もあります。自分の持っている技量の中で挑戦するものだと思っています。

-茶道具独自の価値観のようなものはございますか?
いろいろなことをおっしゃる方がいますが、私が師匠にいつも言われていたことは、鍛金(分厚い地金を叩いて伸ばしていく技法、金鎚で叩き加工する。) の場合、部分によってどんな厚さで作るのかが重要だということです。
例えばこの水指でしたら、上部は塗りの蓋を置くので分厚く残しておいて溝を切ります。
上ばかり重くなってしまうとバランスが悪くなりますので、底の部分は少し分厚く、中頃は0.8mmほどに調節します。
鋳物(熱した金属を型に流し込んで形を作る技法)ですと、特性上作品が重くなる傾向にあります。
対して打ち物は軽くなる傾向にあります。
勿論それらは意識して逆転することもございますが、それぞれの持ち味を生かし、お道具として扱いやすいバランスを考えます。

-それはどのような方法で調整するのでしょう?
金属は火に入れると柔らかくなります。そして叩いていると硬くなる。
それを繰り返すのですが、陶器のように最終的に焼き上げるようなことは無いので、叩いている状態で最終形態がどのような形になるかを考えて叩いていくという技法です。


-お茶道具と言えばお茶碗に代表されるように”陶器”という素材が頭に浮かぶと思うのですが、”陶器”と比較して金属である利点はありますか?
単純に素材として優っている点としては、”薄い”や”細い”といったデザインが実現できる強度や弾力があるということです。
それを生かした道具を作るという目的なら金属を選ぶということは理にかなっているかなと思います。

-なるほど、素材の違いで得意な分野が決まるのですね。逆にここは負けていると感じる部分もございますか?
負けているといいますか、圧倒的に違うなと思う点は「時代を経て変わってくる風合い」ですね。
金属でも時間が経つと変色したり錆が出たり、と雰囲気は出てくるのですが、磨いてしまうとピカピカになります。
”陶器”は内側から滲み出てくるので、、

-確かに!
あれももう一回釜で焼いたら戻るという話も聞きますが、そんなこと普通しないじゃないですか。

-わざわざしませんよね。
それと、産地っていうのもあるんです。「信楽であれば信楽の土」等の素材がありますよね。
それが金属の場合はないんです。
ですので、どちらかというと技法や色の付け方でしか個性がだせません。そういう点で陶器は羨ましいなぁと感じたことはありますね。

-それは思いも寄りませんでした。
それも含めて“わびさび”が重要視されるお茶道具の中で陶器に求められるものと金物に求められているものが違うのかもしれないですね。
どちらかというと均整のとれた美しさなのですね。

それはあると思います。
また、同じようなものが並んでいるという状態より、整ったもの、どこか歪んだものが取り合わせられているというのがよしとされる 価値観もあると思いますので、均整の取れた物というのが金物の役割なのかもしれません。
また、例えばぐにゃっとしたもの、お茶碗だったら焼いた時に曲がってしまったというようなことが起こるのですが、 金物だとどうしても不自然になりがちです。
指物も歪んだデザインは少ないと思いますが、そういう点では金物と似ているのかもしれません。


-整っている側の素材ということですね。
整えたくなりますしね。
ぐい呑等でしたら曲がった金属も面白いかなとも思うのですが、基本的には整えたくなります。
お茶道具のご注文の中には、伝来してきた意匠、守るべき寸法等が時にはあります。
その場合、新たにアップデートするという事はしないんです。

-どちらかというと「復元」に近い作業なのですか?
そんな感じですね。その事もなかなか伝わりにくいです。
よく、代々続いているというと、独特の強みってなんですか?と聞かれる事があります。
うちにはそういうものは少なく、それよりも、例えば先祖が作った物に関しては、その物が残っていたり、寸法が書いてあれば、 また作る事ができる技術を継承しているという事なんです。
ただ、脈々と続いているだけです。
全ての技術が親から子に伝わっているわけじゃ無い、といよりも伝えきれないと思うのですが、それでも最低限、 伝来物は作れるようにという感じですね。

-周りが期待するような”秘伝の奥義”のようなものではなくて、”脈々と続く”というはそういう事かもしれないですね。
確かにそれがないと共に時代を歩んでいくような関係が築けませんよね
その他にも、周りにはあまり伝わらないなぁと思う事はありますか?

とにかくものすごく時間がかかるという事ですね。いろいろな仕事があると思いますが、かなり大変な部類だと思います。


- -確かに一体どれくらいの時間がかかるのか全く想像ができないです。
例えばこれ(目の前に置かれた地金から完成まで段階的に作られた見本を見ながら)1日ぐらいでここまで行きたいな~と思います。  

もう、それは全然!何週間もかかります。さらにこれをピカピカにしていく工程などもありますので、かなり大変です。
もちろん薄い金属を伸ばして作るようなもの短期間でできます。
ただ、そういった物は機械でも作れます。
厳密には手作りのものとは全然違うのですが、そこまで差別化はできません。
そんな中で、この”鎚起”は機械ではできないので、特に失ってはいけない技術だと思いますし、こんなものがあるんだ!という事を伝えたい思いもあります。


-では、今回の出来上がった菓子切り楊枝についてお尋ねします。まず[幻日]について。
伝統的な部分と、革新的な部分をご説明いただけますか?

“鎚目をつける””ヤスリで模様をつける”というのが伝統的な手法です。
新しい部分は、やはりチタンという素材ですね。
伝統的に使われていた素材ではございません。

-私も、他の作品でもチタンを素材として使われておられるのを拝見して、是非チタンでとお願いさせていただきました。
この素材を使い始めた経緯はありますか?

アクセサリーなどで使われているのを見て綺麗だなぁと思い始めたのがきっかけです。
使ってみて魅力的だなと思ったのは、チタンは表面に不動態皮膜というものを形成して錆びにくい、変色しにくいという特性があります。
真鍮なども火で炙ると虹色になりますが、チタンの場合、電極で虹色が出せ、それが定着できます。
ボルト数を調節することで、ある程度の色味を操れる点も面白いですね。


-立鶴の金と銀はいかがでしょうか?
白銅で制作しています。
これもあまり単体では使われない金属素材です。
日本の白銅とは違った配合ですが、洋食器にも使われ硬くて丈夫な素材です。

-この形状で強度を保ち、金色と銀色の菓子切りを作るのに、最も適した素材だったということでしょうか?
そうですね。
メッキ加工と聞くと安価なものというイメージがあるかと思いますが、美しいものを作る方法としてはとても良い手法だと思います。

-美しい造形に美しい加工を施しているということですよね。
確かに、金箔を貼るような技法と一緒で本物の銀や金をメッキするなら、素材としても高級ですよね。
ちなみに全て純銀や全て純金などでは制作できないのでしょうか?

勿論作れるのですが、単純に単価が高くなります。
強度を保つ為に落ち銀といって少し銅を混ぜたり、、といろいろな方法もあります。
金ならもっと高いですね。見た目はわかりませんが、同じ形でも素材によって比重が変わるので、持った印象は変わってくると思います。
純銀、18金などでもオーダーを受け付けております。

-そうなってくると、物としても美しさや価値というよりは貴金属として価値が上回ってくるというか、不思議な感覚です。
「理にかなっている=物の美しさ」とは思いませんが、なんとなく価値観を揺さぶられる話ですね。
ちなみに、この表面のマットな加工はなんというのでしょうか?

サンドブラスター、日本の伝統的には砂打ちと言われる技法です。
つるつるの鏡のような面だと汚れや指紋が付きやすいので、手に持って使う道具には適さないですね。
そしてお菓子と共に写真を撮ると、このマット感がちょうど良い感じになるんです。


-ありがとうございます。
それでは最後にお聞きしたいのですが、かなり緻密に計算されて作られているのだなと感じましたが、
素材を加工する職人という立場で、コントロールが聞かない自然の偶然性みたいなものを感じる部分はありますか?

一番は色付けじゃないですかね。
チタン以外でも色を付ける作業があるんです。
毎回同じ色になるようにデータをとって薬品を調合し出る色を想像しながら作るのですが、 自然の力といいますか酸化皮膜で色がつくので、どうしても微妙に変わってきます。

-例えば三つ作ったらなんとなくこれが一番良く出来た、みたいな事が起こります?
やっぱりありますね。微妙なところですが。

-やっぱりそこは職人あるあるなんですね。
自分が気に入っていたら、使ってくれる方も使いやすいとおっしゃっていただいたりします。
そこは毎回勝負ですね。

2021/1/14